Road to LA28 ー世界選手権、そしてLA28パラリンピックへー

8月27日、韓国・ソウルで世界選手権が開幕。
2年後に迫るロサンゼルス2028パラリンピック競技大会(LA28)に向け、いよいよ重要な2年間が始まります。
そして今年は、世界選手権に続き、愛知・名古屋でアジアパラ競技大会も開催されるなど、LA28への道のりを占う大きな大会が続きます。
この企画では、ここから2年間、4名の選手たちを定期的に追いかけ、それぞれの歩みや思いを通して、LA28への道のりをインタビュー動画&テキストにてお伝えしていきます。
第三回は、世界ランキング2位で世界選手権を迎えた遠藤裕美選手に、大会に挑む、その思いを聞きました。
パリでの大躍進から2年。
世界ランキングでは頂点にも上り詰め、国際ボッチャ界でも「世界のENDO」の名を轟かせつつある遠藤裕美選手。
ここから、さらにその先へ。
世界の舞台を前に、遠藤選手が語った言葉とは――。
世界選手権への思い、現在のコンディション、現在に至るまでに「大切にしていること」を聞きました。
パリ大会では2つのメダル獲得。その後に始めた新ルーティンとは?
ー パリから2年が経ち、LAまで2年。パリ大会後には「また次に向けて」というコメントもありましたが、ここまでの道のりはどのようなものだったでしょうか?
ここまでの道りは、パリ大会は初出場で、個人、そしてチームで2個のメダルを獲得できたっていうところが1番大きいところです。2年経った今は、競技面も、生活面も、あまり変わったことはないですが、でもそれを維持していくっていうのがここ2年すごく大変なことなんだなっていうのを気づかされています。
パリ大会が終わってから、始めてることが 1つあって、必ず大会前には「君が代」を聴くっていうのをパリ大会を終えてからのルーティンにしているので、それを欠かさず聴いている方が表彰に上がれる確率は高くなったかなって思います。
前は、モチベーションとして、神社に行くとか映画を見に行くっていうのをやってましたけど、忙しすぎてなかなかそこまで行けなくなってきてるので、家で音楽を聴く中でそれを取り入れたのが、結果として繋がっているのかなと思います。
ー どんなタイミングで聞くのですか?
朝全部支度が終わって、余暇の時間を1時間ぐらい自分で作っていて、その中で30 分好きな音楽を聴いて、そこに国歌を入れるというのをにルーティンにしています。
ー 君が代を聞くことで自分が表彰に上がってるイメージをするのでしょうか?
イメージはあまり最初はなかったんですけど、大会に行って表彰台に上った時にやっぱり聴いていて良かったなっていう自分の中のイメージができているんだなって思います。
君が代が聴けるのは1位のときだけですが、それを継続していくことによって表彰台にずっと上り続ける。本当は生で(君が代を)流せるところにえたところに立っていたけれども、そこがまだ、2年経った今でもランクで上位の選手と当たって、試合をしてあと1歩でまだ届かない部分もあります。2025 年のAO選手権ではそれをしたい(表彰台で君が代を聴きたい)がために国歌を聴き始めて、それで優勝という形に持っていけたので、それをルーティンに取り入れたのが初めてでした。
これは、初めて言った話です(笑)。
ー その結果、国際大会で毎回表彰台に上がるようになり、世界ランク1位(取材当時/現在は2位)というポジションにいる。この状況をどう捉えているでしょうか?
今の気持ちは、正直言ったら大会に出れる身体作りとか、競技面のトレーニングを続けて行けているというのが大事で、そこで試合に臨めて結果が出ているから、気づいたらランクは1位だった。「今の状況をどう捉えていますか?」と聞かれたら、今はそれが 1番に出てくるのかなって思います。
気づいたらという感じです。でも、考えてみれば国際大会に出なかったらランクは下がってしまう。だからそれを継続していく自分の身体だったり、トレーニングで技術面をあと2年プラスして、同じことをしていくとなると、それは大変なことかもしれない。けれども、大会に行って表彰台に上がれて、その結果がしっかり形となってみんなに「応援ありがとうございました」と言えるような、コメントが出せるように自分も頑張っていきたいと思います。
ー やはり日々の積み重ね、当たり前のことを一つ一つこなしていく身体を作っていくことが結果に結びつくということなのですね。
そうですね。 パリの時は、パラリンピック自体がどんな大会なのかというのが多分想像できていなかった。だけど(現在はそれから)2年。2024年から4 年経ってもし(LA大会に)出場できるとするなら、ちょっとプレッシャーはかかるとは思いますが、でもやることは一緒だと思っているので、ここは引き続き継続していきたいなと思います。

トップランカーとなっても絶やさぬ笑顔
ー 遠藤選手のあのトレードマークといえばプレーしている時も絶やさない「笑顔」。パリ大会の時もすごく笑顔が印象的でしたが、メダリストになり、世界ランク1位になったことでプレッシャーなどを感じることはないでしょうか?
基本、大会に行ってみんなに言われるのが「世界ランク1位だね」とかっていう言葉が出るんですけど、だからと言ってあまりどの大会もプレッシャーは感じてないです。でも パリ大会でメダルを獲ったという事実は、(LAで)パラリンピックにもし出場できるとするなら、ちょっとプレッシャーは感じるかもしれない。ですが、自分が楽しめるようなことを見つけながら、楽しみにつなげて、試合に出場できれば今はいいのかなと思っています。
ー ご自身の中ではその世界ランキング1位ということより、前回パリ大会パラリンピックでメダルを獲ったということにより重みを感じているということでしょうか?
重みがあると思います。しかも「銅」っていう字は金と同じと書くので、やってきたことが13年間かけてやっと獲れたメダルでもあるし、それを振り返った時に重たいなっていうのが第一です。
ー パリ大会以降、チーム戦のレギュレーションが変わり、昨年のW杯北京大会を最後にチーム構成も変わりました。その辺りは率直にどう感じられているでしょうか?
正直に言ったら、またあの3人でチームを組みたいなって思うのが本音です。ただ、考えてみれば、私は誰かが具合が悪くなって出れなくなって、現地で「交代ですよ」って言われた場面が多くて。だからあの3人(杉村選手、廣瀬選手、遠藤選手)でチームを長年組んでいたというイメージが皆さん残っていると思いますが、実は3回か4 回ぐらいしかないんです。その中でやってきているし、大会に行ってから代わった場面でもなんとか組み立てはできているので、チームの中で1人1人ができることをやるだけだと思っています。なので、そこはあまり、私の中では悩んだりというのはなかったですね。
その時のメンバーでできることをやっていくのが大会だと思っているので。急に現地で「誰々が変わります」ってなる可能性もあるわけだし、だから強化合宿の中でトレーニングを積んでいるわけです。想定内のことではなくて、想定外のことをイメージしてた方が大会ではうまく生きていくのかなと思います。
変えるもの、変えないもの。
ー 先ほど、ルーティンで君が代を聴くようになったという話を頂きましたが、パリ大会後に環境面などでの変化はありましたか?
環境面だと、地域トレーナーさんが入ったことです。自分の身体もコンディションも、パリ大会の前に比べたら全然落ち着いているし、去年は故障っていう部分もありましたけど、それでも昨年から3大会で結果が出てるっていう部分で言うと、やることは変えたらかえって崩れるし、いつもと同じようにしていった方が良いのかな。やっぱり1 番は自分ができることで継続できることをやっていくのが1番なのかなと思います。
ー 直近では4月にモントリオールでワールドカップがあって、そこでも銀メダルを獲りましたが、その大会前に車椅子を変えましたね。そこはどういうきっかけだったのでしょうか?
車(椅子)を変えるのは次のLA大会に向けて、1年前から決まっていたんです。でも、いつ乗り換えるのかという話で。モントリオールが終わってから、世界選手権で乗り換えるのは最善の準備ではないなと思って。それなら4月の1発目の大会、モントリオールで結果が出ても出なくても、自分のパフォーマンスが変わっても、どこが悪かったか、良かったかっていうのが見つけられるのがモントリオール大会。それを踏まえて、世界選手権まで修正して、世界選手権でもまた同じように表彰台に上がるということを自分の中で考えていました。
本当に届いたのが1週間前で、そのまま来た状態で1回乗って、遠征に行ってからスタッフさんにも背中の張りを調整とかしてもらった状態でした。なんとか結果は表彰台にはなりましたが、1週間前に車椅子を換えるというのは厳しいんです。なので、厳しいのは分かっていたけれども、乗り換える時期がなかったので、とりあえず行ってみて(という感じでした)。高さも違う、投球フォームも高さが違うことによって感覚が違うので。
車椅子が5cm低くなったんです。5cmの違いというのはだいぶ違うし、SA(スポーツアシスタント)している母も多分見え方がだいぶ違ったと思いますし、どうかなと思っていました。これが本当に良かったかと言われたら、結果が出たから良かったと言えば良かったのですが、それでも間に合ってよかったし、結果が出てよかった。本当に感謝の一言です。
ー そこから(取材時点で)1 ヶ月以上が経ち、だいぶ馴染んできたのでしょうか?
まあ馴染んできたと言えば、馴染んできたのですが、修正する部分というのは多分出ているとは思います。ちょっとタイヤ変えてみたり、手の位置を変えてみたりというのはやっているので。でも、結局LA大会をゴールとして、この車椅子で出場するということを考えたら、LA大会の年に作ったのでは間に合わない。それで、乗り換えるタイミングというのも、世界選手権かなと周りは言っていましたが、世界選手権では間に合わないと感じ、やっぱり4月が1番良かったのかなと思います。
ー そのモントリオールも踏まえて、ソウルでの世界選手権があります。そして、次のターゲットはやはりLA大会だと思います。その中で迎える世界選手権に対する思い、意気込みを聞かせてください?
世界選手権は、車椅子も変わっているし、それで迎える2大会目です。会場の雰囲気とかも違うだろうし、世界選手権は個人戦だけの出場なので、しっかり表彰台を目指して、チーム戦においては全力で応援するというのを目標にしています。2026年の目標として、表彰台というのを頭には置いているので、しっかり準備をした上で出発できればいいのかなと思います。
練習できなかったことは大会でもできないし、だからと言って詰めすぎると余計にできなくなっていう部分があるので。
世界選手権前は必ず君が代を聴いて出発します(笑)。

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プロフィール
遠藤 裕美(えんどう・ひろみ)
生年月日:1986年7月14日
出身地:福島県
クラス:BC1
所属:福島県ボッチャ協会
主な戦績:
【国際大会】
パリ2024パラリンピック競技大会 - 3位(個人・BC1女子/BC1/2チーム)
Hong Kong 2023 World Boccia Asia-Oceania Regional Championships - 準優勝(個人・BC1女子)
Hong Kong 2023 World Boccia Asia-Oceania Regional Championships - 3位(BC1/2チーム)
Montreal 2024 World Boccia Cup - 準優勝(個人・BC1女子)
Pattaya 2025 Asia-Oceania Regional Championships - 優勝(個人・BC1女子)
Beijing 2025 World Boccia Cup - 3位(個人・BC1女子/BC1/2チーム)
Seoul 2025 World Boccia Cup - 準優勝(個人・BC1女子)
Montreal 2026 World Boccia Cup - 準優勝(個人・BC1女子)
【国内大会】
第24回日本ボッチャ選手権(2023) - 優勝(個人・BC1女子)
第25回日本ボッチャ選手権(2024) - 優勝(個人・BC1女子)
第26回日本ボッチャ選手権(2025) - 優勝(個人・BC1女子)
第27回日本ボッチャ選手権(2024) - 準優勝(個人・BC1女子)